お茶の百科事典
茶にまつわる人物
12 件
千利休が茶室に設けた入り口は、大人ひとりがかがんでしか通れないほど小さく作られていました。刀を差したまま入ることはできません。身分の高い武士も、膝をついて頭を下げなければなりません。その小さな開口部に、利休が生涯をかけて問い続けた「茶...
一休宗純(いっきゅうそうじゅん)から禅の教えを受けたとき、村田珠光(1422〜1502年)は、茶の湯のあり方そのものを問い直すことになったのかもしれません。人に見せるための豪華さではなく、一碗の茶と向き合うときの心の置き方へ。その向き...
栄西から茶の種を受け取ったとき、明恵上人(1173〜1232年)は京都・高山寺の境内を思い浮かべたかもしれません。緩やかな斜面、清らかな水、木漏れ日——禅の修行の場として選んだこの地が、日本の茶栽培の原点になるとは、当初から意図してい...
京都の町角に、茶を売り歩く老僧がいました。担いでいるのは二つの籠——一方に茶道具、もう一方に炭と水。名所旧跡に腰を落ち着けては一杯の茶を淹れ、貴賤を問わず誰にでも振る舞う。この人物が「売茶翁(ばいさおう)」と呼ばれた高遊外(こうゆうが...
「茶聖・大谷嘉兵衛」。その功績は、茶業界だけにとどまらず多岐にわたります。時には私財さえ投げ出し、茶業界のため日本のために尽力した大谷嘉兵衛の生涯をたどります。大谷の物語は、明治・大正時代の茶輸出産業と深く結びついています。 世界を舞...
医師として名を立てながら、やがて診療の場を離れ、製茶機械づくりに人生を注いだ人がいました。高林謙三です。そこにあったのは、明治の茶業を立て直したいという執念。明治・大正期の日本茶産業を見つめるとき、私たちFar East Tea Co...
お茶の歴史は永谷宗円(ながたにそうえん)抜きでは語れません。「青製煎茶製法」を生み出し、煎茶の普及に大きく貢献した永谷宗円の生涯とその功績を辿ります。 永谷宗円とは 永谷宗円の基本情報 永谷宗円は、延宝9年(1681)に山城国(現・京...
武野紹鴎(1502〜1555年)は、堺の布商人の家に生まれました。自治都市として栄えた堺では、商い、文芸、舶来の道具が近い距離で交わっていました。紹鴎はそうした町の空気の中で育ち、富そのものより、ものの選び方と言葉の品位に価値を見いだ...
幕末の大変革期、静岡県の牧之原台地は地元農民でさえ見放す荒れ果てた土地でした。その土地を200名余りの武士からなる「農業未経験者の集団」を率いて、日本有数のお茶の産地に生まれ変わらせた中條景昭の歩みをたどります。 中條景昭とは 侍時代...
「山本山」の山本嘉兵衛とその功績 山本嘉兵衛は、日本の茶の歴史を語るうえで欠かせない名前です。ただし、山本嘉兵衛は一人の固有名ではありません。山本家の当主が代々受け継いだ名であり、その時代ごとに異なる役割を担ってきました。初代、4代目...
生涯を通じ茶の木の品種改良を追求した情熱の人。地元静岡では、没した後も「彦三郎翁」と呼ばれ敬われる「やぶきた」生みの親、杉山彦三郎をご紹介します。 杉山彦三郎とは 杉山彦三郎(すぎやまひこさぶろう)は、安政4年(1857)に安倍郡有度...
読むから飲むへ
調べたお茶を、実際に味わう。
日本の7つの窯元による手仕事の茶器と、その作り手の物語。











