玉露を一口飲んだとき、口の中に広がる甘味と旨味。あの感覚の正体は、主にテアニンというアミノ酸です。テアニンはお茶の木(学名Camellia sinensis)にほぼ固有の成分で、茶葉に含まれる遊離アミノ酸の約50%を占めます。1949年、科学者の酒戸弥二郎が玉露から初めて単離し、茶の旧学名「Thea sinensis」にちなんで「テアニン」と名付けました。脳のアルファ波を促進することが研究で示されており(Nobre et al., 2008)、リラックスしながら集中できる独特の状態をもたらすとされています。
抹茶や玉露にテアニンが特に多い理由は、被覆栽培にあります。日光を遮ることでテアニンがカテキンに変換されるのを抑え、葉の中に蓄積されます。このため被覆茶は甘く、旨味が深くなります。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 正式名称 | L-テアニン(γ-グルタミルエチルアミド) |
| 含まれる植物 | チャノキ(学名Camellia sinensis)に特有。一部のキノコに微量 |
| 味への寄与 | 旨味・甘味。苦味の下に広がるコク |
| 含有量が多い茶 | 玉露、抹茶、かぶせ茶 |
| カフェインとの関係 | カフェインの作用を緩和し、持続的な集中を促すとされる |
| 発見 | 1949年、酒戸弥二郎が玉露から単離 |
テアニンの効果 — アルファ波と落ち着いた集中
テアニンは経口摂取後30〜40分以内に脳のアルファ波を促進することが研究で示されています。アルファ波とは、完全な緊張と睡眠の中間にある脳波の状態で、瞑想中やリラックスした読書中に多く見られます。Nobre et al.(2008年、Asia Pacific Journal of Clinical Nutrition誌)とJuneja et al.(1999年、Trends in Food Science and Technology誌)の研究では、テアニンが精神的な覚醒を穏やかに調整し、眠気を引き起こさない可能性が示されました。
カフェインとの相互作用も注目されています。カフェインはアデノシン受容体を遮断して注意力を高めますが、テアニンはその急峻な立ち上がりを和らげ、より穏やかで持続的な集中感をもたらす可能性があります。コーヒーと同量のカフェインを含むお茶でも、飲んだときの感覚が異なるのはこのためだと考えられています。ただし、これらのメカニズムは現在も研究が続いており、効果には個人差があります。
お茶の健康効果についての全体像は、緑茶の健康効果のガイドもご覧ください。
テアニンが多いお茶・少ないお茶
日光に当たると、テアニンはカテキンへと変換されます。被覆栽培で日光を遮ると、この変換が抑えられてテアニンが葉に蓄積します。これが、玉露や抹茶が甘くて旨味が深い理由です。春の一番茶は、冬の休眠期間中にテアニンを蓄えるため、夏摘みより旨味が際立ちます。
| 茶の種類 | テアニン量(目安) | 理由 |
|---|---|---|
| 玉露 | 非常に多い | 20日以上の被覆栽培。テアニンがカテキンに変わらず蓄積 |
| 抹茶 | 非常に多い | 被覆栽培 + 茶葉を丸ごと摂取するためテアニンも全量摂れる |
| かぶせ茶 | 多い | 7〜14日の被覆。玉露と煎茶の中間的な特性 |
| 上級煎茶(一番茶) | やや多い | 春の若葉に冬の蓄積分が多い |
| ほうじ茶 | 少ない | 高温焙煎でテアニンが分解される |
| 番茶 | 少ない | 成熟した葉はカテキンが多く、アミノ酸が少ない |
被覆栽培の詳しい仕組みについては、覆い下栽培の記事で解説しています。
テアニンをめぐる研究の歩み
テアニンは1949年に日本の酒戸弥二郎によって玉露から単離されたのがはじまりで、1950年に「日本農芸化学会誌」に発表されました。1964年には食品添加物としての認可を受け、旨味や風味改善の役割が着目されるようになります。1990年代後半から2000年代にかけて、Juneja et al.(1999)や Nobre et al.(2008)などの研究が脳波や精神状態への影響を報告し、「リラックスしながら集中できる」というお茶の古くからの体験が科学的に裏付けられる形となりました。2023年改訂の文部科学省「日本食品標準成分表(八訂)」では茶葉中の遊離アミノ酸情報が整理され、品種・栽培・製法がテアニン含有量に与える影響を追跡しやすくなっています。
もっとも、テアニンに関する研究は小規模試験が多く、EFSAなど国際機関は健康強調表示を認めていません。そのため、「リラックス効果を保証する成分」ではなく、「お茶が長く親しまれてきた味と体験の一角を担うアミノ酸」として位置づけるのが、現時点ではもっとも誠実な捉え方です。
淹れ方とテアニン抽出の関係
同じ茶葉でも、湯温と時間によって抽出されるテアニンの量は変わります。テアニンは比較的低温(60〜70℃)でよく抽出されるのに対し、苦味成分のカテキンは80℃以上で抽出が加速します。つまり、ぬるめの湯でゆっくり淹れると、旨味が前に出て苦味が控えめになります。玉露が50℃前後・2分の冷ましたお湯で淹れられるのは、このテアニン優位の抽出プロファイルを引き出すためです。煎茶を70℃前後・60秒で淹れると、旨味と適度な渋味のバランスが取れます。
一煎目と二煎目でも成分バランスは変わります。一煎目には比較的多くのテアニンが出て、二煎目以降はカテキンの割合が相対的に高まります。複数煎を楽しむときは、一煎目は低温短時間、二煎目以降は温度を少し上げて短めに抽出すると、テアニンの旨味と二煎目ならではのきりっとした渋味を両方味わえます。
水出しも、テアニンを穏やかに引き出す淹れ方のひとつです。常温や冷水で2〜8時間かけてゆっくり抽出すると、カフェインや渋味のカテキンは出にくくなる一方、水溶性の高いテアニンは比較的しっかり溶け出します。玉露や深蒸し煎茶を水出しにすると、澄んだ甘味と軽やかな後味のバランスが印象的です。夏の一杯や、就寝前の穏やかな時間に合う淹れ方として、覚えておくと重宝します。
茶葉の鮮度と保存も、テアニンの風味に直結します。開封後はアルミ袋や茶缶で空気を抜き、冷暗所に置くのが基本。光と湿気はアミノ酸を変質させやすく、長期間放置した茶葉は旨味が鈍り、鮮やかさを失いがちです。茶器もまた表情を左右します。陶器や磁器は湯温の下がり方が穏やかで、テアニンの抽出プロファイルを安定させやすい一方、薄手のガラスは温度が急降下するため、やや高温短時間のお茶向きです。
参考文献
- Nobre et al. (2008), Asia Pacific Journal of Clinical Nutrition — L-テアニンと精神状態に関する短報で、PubMedに収録されています。
- Juneja et al. (1999), Trends in Food Science & Technology — 緑茶に含まれる特徴的なアミノ酸としてのL-テアニンを扱った食品科学分野の論文です。
- Vuong et al. (2011), Journal of the Science of Food and Agriculture — L-テアニンの性質、合成、茶からの分離を整理した学術レビューです。
- 文部科学省 日本食品標準成分表(八訂)増補2023年 — 食品成分データを確認するための文部科学省の公的資料です。
- 農林水産省 茶業関連統計 — 茶業に関する国内統計をまとめた農林水産省の行政資料です。
本記事に記載されている健康関連の情報は、公表されている研究をもとに教育目的でまとめたものです。医学的なアドバイスではありません。特定の健康上の懸念がある方は、医療専門家にご相談ください。
よくある質問
L-テアニンはカフェインをキャンセルしますか?
キャンセルではなく、和らげます。テアニンとカフェインは異なるメカニズムを持ち、互いを中和するわけではありません。研究によれば、テアニンはカフェインの刺激作用の最も鋭い部分を和らげ、覚醒感をよりなめらかで持続的なものにする可能性があります。これが、コーヒーで感じるような不安感なく、集中力を保てると言われるお茶の評判の根拠です。お茶のカフェインが単独でどのように機能するかは、カフェイン成分ガイドをご参照ください。
お茶1杯にL-テアニンはどのくらい含まれていますか?
茶の種類・栽培条件・淹れ方によって異なります。70℃前後で淹れた煎茶1杯には1回分あたりおよそ20〜30mgのL-テアニンが含まれ、玉露では1杯40〜60mgに達することもあります(Juneja et al., 1999; Vuong et al., 2011)。実際の含有量は、葉の鮮度・保管状態・水温・蒸らし時間によって変動します。テアニンの臨床研究で一般的に使われる投与量は100〜200mgで、この量に最も近いのは濃縮された覆い栽培茶か複数杯の飲用によって得られます。お茶はテアニンを、風味・温もり・そして一杯を一杯たらしめるすべての成分とともに届けてくれます。
L-テアニンとテアニンは同じですか?
はい、同じものです。「L-テアニン」が正確な化学的名称で、「テアニン」はその略称です。どちらも同じ化合物を指します。テアニンは、お茶が瞑想・学問・茶道に長く寄り添ってきた理由のひとつです。サプリメントとしてではなく、注目に値する何かをたまたま含んでいる日常の一杯として。最も凝縮した形でテアニンを体験したいなら、覆い栽培の玉露と抹茶から始めるのが一番です。





